茗荷

 数年前、何故だかわからないが茗荷の苗、もとい地下茎を衝動買いしたことがある。それはホームセンターの角の野菜苗コーナーにいた。黒いポットに植え付けられて。当然、地下茎なので地上部には何もない。湿った培養土が詰められたポットが並んでいるだけである。

 何を買うでもなく彷徨いていた私は、何も無いそれが何か気になり近寄った。ポットに差し込まれたタグにはザルに乗せられた茗荷の画がある。薬味の中でも茗荷を特に気に入っている私は、そのタグを見るや否や育ててみたくなった。しかし目の前には土しか見えぬポット。本当にここに埋まっているのだろうか、どのくらいの大きさの地下茎が埋まっているのだろうか。もちろん商品を掘り返すわけにもいかないので、その土の詰まった400円程のポットを信じて連れ帰った。

 時刻は15時か16時頃であったか、日が傾きはじめる中、急いでプランターに植え付けを行った。恐る恐るポットの土をひっくり返し、手にとる。ほろりと崩れた土の中から2センチ程の頼りない根が顔を出す。目の前にある買ってきたばかりの大きなプランターと手のひらの小さな根を見比べて再び不安に襲われる。それでも小さな根を信じ、大き過ぎるプランターに植え付けを終える頃には肌寒さを感じる時間になっていた。

 

 結論から言ってしまえば茗荷は無事に育った。植え付けから数ヶ月、土しか見えぬプランターを眺め、時々水をやったりした。春に芽が伸びていることに気付いた時はそれはそれは嬉しかった。最初の年は採れないことを覚悟していたが小さな茗荷を2個ほど収穫できた。次こそはと意気込んだ翌年は、梅雨の長雨で少し腐ったりした。

 数年間、紆余曲折ありつつも今年は売り物のように立派な茗荷を収穫することができた。毎年収量が少なすぎてその日の夕飯にお印のように入れて終わっていたが、今年はずっと作りたかったアレができる。買った当初、夏の暑い時期に薬味たっぷりの冷奴などを期待していた早生のはずのそれは、朝晩に肌寒さを感じる頃になると顔を出し、優しく深いピンク色の甘酢漬けとなった。爽やかな酸味とやわらかい甘味、噛むとα-ピネンの香りが広がる。